第92回  静岡茶を世界ブランドにする方法

経営コンサルタント 大前 研一氏  2007年8月29日

 最初に質問してみよう。「日本茶といえば、どこを連想しますか?」。おそらく大部分の人が「静岡」と答えるだろう。宇治に狭山と日本にブランド茶は数あれど、「お茶といえば静岡」という刷り込みは圧倒的だ。なにしろ日本茶の半数近くは静岡産である。毎年、茶摘みの時期になるとテレビニュースなどでもその様子が放送されたりして、イメージもいい。

 しかしわたしは、それが本当にブランド力として確立されているかと疑問を呈してみたい。静岡のお茶は世界に通用するようなブランドになっているのか。お茶のような嗜好品の世界ではグローバルブランドが結局価格を決めることになる。高齢化などでコストが上がる一方の日本茶の世界も今のままでは生き残りは厳しい。では、どうすれば世界的なブランドに成長させることができるのか。今回はそれをテーマに考えてみよう。

 紅茶の世界ではセイロン、アッサム、ダージリンなど産地名がまず有名になる。一方、巨大な企業がリプトン、ブルックボンド、トワイニングなどの冠ブランドのもとにアールグレイ、イングリッシュ・ブレックファーストなどを出し、世界中で愛飲されている。

 中国茶もプーアル茶など、カテゴリー毎のブランド化が進んでいる。台湾・阿里山の高山茶などに見られるようにかなり狭い範囲の産地名で親しまれている。日本で言えば静岡というよりは宇治、狭山、八女、という感覚である。

 静岡茶の問題はまさにこの点で、日本の半分を占めるくらいの圧倒的に大きな勢力なのだが、その中味が細分化されていない。静岡茶というのはそもそもブランドなのか、それとも、インドマグロのような産地の名称なのか、そもそも基本的なコンセプトが欠けているようにわたしには思えるのである。

 いま、鹿児島でも“静岡茶”を作っているし、福建省でも静岡茶と同じモノができるようになっている。だからこそ、手遅れにならない今のうちに、「静岡茶とは何なのか?」に関して、産地はマーケティングの“基礎講座”をもう一度復習してもらいたいと思っている。

 
静岡茶に迫る鹿児島茶の秘密

 まず下の図でお茶のシェアから見ていこう。静岡のお茶は、かつては日本の半分を占めていた。しかし、近年は少し下がって43%に落ち込んでいる。とはいえ、依然として日本一のシェアを保っていることは事実である。

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 この図で注目してほしいのは、2位がどこかである。なんと鹿児島だ。3位以下はグンと引き離されている。なぜ鹿児島がこれほどの生産量を誇っているのか。「鹿児島のお茶ってそんなに有名だっけ」と疑問に思う読者も少なくないだろう。

 実はこの鹿児島のお茶が曲者なのだ。なにしろ静岡が育てたお茶が鹿児島のお茶なのだから。

 「?」という人のために、以下、どういうことか詳しく説明しよう。

 「静岡茶」の定義をご存知だろうか。実はパッケージ内包量の半分以上が静岡産であれば「静岡茶ブレンド」という表記が許され、残りの半分は違う産地の茶葉を使っても静岡産を名乗っていい。そしてブレンドされる産地として、もっぱら“下請け”として育てられてきたのが鹿児島というわけである。

※編集部注:
このほか「静岡茶(ブレンド)」など、ブレンドであることが分かる表記であれば「静岡」を冠することができる。
なお、ブレンドであることを明記せず「静岡茶」と表記できるのは静岡産の茶葉が100%の場合のみ。

 鹿児島は気候も暖かく、茶葉が採れる時期も早い。後から成長したものだから、機械の導入も進んでいる。静岡でも特級のブランド茶ともなると、それこそテレビでも見るように「夏も近づく八十八夜」などと歌いながら手作業で茶摘みをしているが、鹿児島ではそんな悠長なことはしない。

 というわけで、茶葉を生産するには昨今、静岡よりも効率的になっているのが鹿児島なのだ。静岡にとっては「下請け産地」という認識で育ててきた鹿児島が、いまや自分たちの牙城を脅かすほどに迫ってきたわけである。鹿児島は最近、いも焼酎や黒豚、黒酢などで全国ブランドを立ち上げるのに成功してきているので、彼らが静岡茶を上回るブランドを打ち出すのは、もはや時間の問題である。

 そういう下請けは鹿児島だけではない。中国もそうだ。中国福建省といえば烏龍茶のイメージを持つ人が多いだろうが、緑茶も烏龍茶も収穫後の工程が違うだけで茶木そのものは同じだ。事実、日本でも福建省に茶畑を持って緑茶を生産しているところがある。もう15年以上前から現地では機械化を進め、かなり近代的な大規模栽培をしている。これがペットボトルに入っているのか、茶葉として例の「静岡産の半分以下なら静岡産と呼んでいい」ルールを使って紛れ込んでいるのかは知らない。現地で栽培されているものが、どこに行ってしまっているのか“不明”ではあるが、恐らく日本人の口に入っているのは間違いないだろう。

 中国でも日本茶はペットボトルで販売されているが、砂糖が入っており、普通の日本人には飲めないシロモノとなっている。静岡のお茶に鹿児島の茶葉がブレンドされているように、国産茶葉使用のお茶の中に、中国福建省産の“日本茶”が含まれているのではないかとわたしは見ているのだが、最近はどういうわけかペットボトルでも静岡茶とか宇治玉露とか、使用している茶葉を明示しているものが多い。問題は「全部」かどうかを表示していない可能性があるという点である。これは静岡の産地がその昔、便宜的に定義を拡げたことの後遺症で、消費者の観点から見直し、もう一度原点に戻るしかないだろう。

 
ペットボトル飲料の急成長に置いていかれた静岡

 次に荒茶(収穫した葉を蒸して揉んだ後に乾燥させたもの)生産量の推移を見よう。これは下の図のように、だいたい横ばいが続いている。

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 生産量が増えていないのに、急激に伸びているのが飲料市場だ。つまり、自動販売機やコンビニエンスストアで買える缶やペットボトルで飲むお茶が増えているのだ。お茶といっても最初は中国の烏龍茶が牽引していたのだが、最近は緑茶の勢いが強い。伊藤園の「お~いお茶」を筆頭に、「伊右衛門」(サントリー)、「生茶」(キリンビバレッジ)、「一(はじめ)」(日本コカ・コーラ)など、みなさんも「そういえば」と思いあたるブランドがあるだろう。

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 この飲料市場向けに成長しているのが、先ほども名前が挙がった鹿児島のお茶なのである。鹿児島は静岡の下請けだけでなく、飲料市場向けの茶葉として成長していたというわけだ。だからこそ、急激に生産量を上げ、静岡とともに2強時代を築きつつあるのだ。

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機械化の差――鹿児島8割、静岡2割

 では、どうして静岡が横ばいなのに、鹿児島は勢いがあるのか。下の図で両者を比べてみよう。

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 栽培面積は断トツに静岡が一番だ。鹿児島の倍以上の茶畑を持っている。なのに収穫量を見ると、その差はぐっと縮まる。単位面積当たりの収穫量となると、静岡は鹿児島や奈良、宮崎、三重、京都にも負けてしまう。

 では、なぜ静岡は単位面積当たりの収穫量が低いのか。それは自動化、工業化がうまくいっていないからなのだ。下の図を見てほしい。

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 鹿児島が80%も機械化が進んでいるのに、静岡は20%に満たない。それは茶畑が斜面にあって、機械での作業に向かないという理由もある。その結果、鹿児島が年々労働時間の短縮に成功しているのに対して、静岡では労働時間が増加している。傾斜度が大きくて機械での作業に向かないのは以前から分かっていたことだ。ではどうやって解決するかを検討したことはあるのだろうか。

 この問題を高齢化の進む静岡の産地で解決するのは至難の技だ。茶摘みという最も労働集約型の作業を日本の若者に期待しても無理である。傾斜面で自動化も困難ということから、“産地”静岡を守るなら海外からの出稼ぎ労働者を入れるしかない。あるいは、超高級化路線を選択し、いくつかのブランドをつくり出して価格を数倍に上げるしかない。

 産地にとっての選択肢はこの二つである。しかし、次に見るように、ブランドには一番適していない。つまり、外国人労働者を入れて、コストダウンを徹底するしか打ち手がないということがこの時点で判明するのである。

 
実は付加価値に弱かった静岡のお茶

 ブランドという視点で見ると、「付加価値」が大きなポイントとなる。

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 静岡が強いのは、なんと番茶、普通煎茶という低価格商品。かぶせ茶、玉露という高級なものになると、静岡は驚くばかりの低さである。「高級品に弱く、低価格品に強い」。これが静岡茶のブランドの実態だったのだ。マーケティング、ブランドという視点で見ると、静岡は“下手”と言わざるを得ない。産地の組合が頭を使って考えてこなかった、ということになる。

 最後に、静岡のお茶がどのように知られているかを見てみよう。他の地域が「宇治」「八女」というように狭い地域でブランドを作っているのに対して、静岡は広い。静岡という県全体がブランドの単位になっている。「掛川茶」という例外はあるものの、これだけ広い地域がブランドになっているのは、日本では静岡だけだ。

 これは強みなのか弱みなのか。はっきり言おう。弱みである。産地を限定したほうがブランドの力は強くなる。「静岡」では広すぎなのだ。

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 この点はお緑茶以外の嗜好品ブランドと比べてみれば分かりやすい。コーヒーで最高級とされているのはブルーマウンテンだ。これは日本人の好みに合うらしく、生産量のほとんどが日本向けに出荷されている。しかし、ブルーマウンテンは、ジャマイカのブルーマウンテン山脈のある地域でだけ生産された豆である。それ以外はブルーマウンテンとは呼ばない。UCC上島珈琲がいち早くこれに気づき、同地方のコーヒー園を買収したのはもう20年以上も前のことである。だから一般のジャマイカ産に比べて3倍、4倍の価格が付けられる(もっとも実際には魚沼産コシヒカリと同じく生産量の何倍ものブルーマウンテンが流通していると言われているのだが)。

 

 

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 世界的に見ても、ブランドとなる産地は極めて狭い地域だ。紅茶もダージリン、アッサムなど、地域が狭くても世界的に知られているブランドを構築している。産地名とブランドが一致する――これが世界的なブランドになる要因の一つである。

 日本のお茶も世界的に人気が出てきているが、産地とブランドが一致していない。だから、国際的な知名度がない。まだまだ「日本茶」という国名で知られている。日本食、寿司などが世界的なブームになっており、またコカ・コーラなどがペットボトルで日本発の飲料を売るようになっている今が、一歩抜け出すチャンスなのである。人気はあるがブランドにまでは至っていない。だから、まず産地を限定したブランドに切り替えていくべきなのだ。

 
ブランドに対する評価――生産者と消費者のズレ

 茶葉の生産者が産地にこだわってブランド力を確立しようと努力しているのに対して、消費者の動向はどうなっているのか。

 わたしが見るに消費者は、それほど産地には興味がないようだ。実際に売れているのは、むしろ「お~いお茶」とか「伊右衛門」とか、飲料の名称や広告展開が購入の決め手になっているように思える。消費者にとっては飲料の名前がブランドなのだ。もはや多くの消費者が選んで購入するのは、ペットボトルのお茶(すなわち水代わり)であって、茶葉ではない。そして茶葉を選ぶのは飲料メーカーであって、消費者ではない。

 だからボリュームゾーンの低価格な茶葉については、ペットボトル飲料を前提にした体制に切り替えていくべきだ。鹿児島や中国も下請けとして使ってもいいだろう。ただしちゃんとトレーサビリティなどを管理できる状態にしておかないといけない。

 そして日本茶のブランドとしては、これまでのように低価格なものを主力にするのではなく、高級茶葉を強力に打ち出していく。そのためにはもっと産地を限定したブランドを作らなくてはいけない。静岡の生産状況を見ると、下の図のようにいくつかの産地に限定できる。それぞれにブランドを形成していけば、国際的なブランドに育てることも不可能ではないだろう。

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 参考として挙げたいのは山形のさくらんぼだ。米国のチェリーの輸入が解禁されたとき、山形のさくらんぼが打撃を受けるのではないかと心配されたが、結果はどうか。山形のさくらんぼは高級品としてしっかりブランドになっている。朝日町の佐藤錦だと言われると、いったいいくらするのかドキドキするくらい高い。お米だって、魚沼産が有名なブランドになった。今では「南」魚沼産とさらに狭い範囲に限定されてきている。

 このように「静岡のお茶は日本の生産量の半分です」などと大きさで競ってはいけない。生産性も悪く、高齢化の進むハンディキャップの中で自分たちのブランドを強力にするためには何をすればいいのか、その本質を見極めて、価値を高めていくことが求められる。

 大学の講義のようなことになって申し訳ないが、身近な静岡茶の例を取り上げて、伝統産業をグローバル化していくのにどのような思考・分析をすればいいのか、データーを基に「わたしが当事者だったら」という想定で考えた経緯を記した。

静岡茶を世界ブランドにする方法 / SAFETY JAPAN [大前 研一氏] / 日経BP社

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